部下育成に注力しているけれど、なかなか部下を一人立ちさせることができず、困っている上司もいるでしょう。
部下育成にコーチングの手法を取り入れることで悩みを解決できる可能性があります。
今回は、部下育成に役立つコーチングとは何かがわかるよう、指導との違いやメリット、必要なスキルなどを解説します。
部下育成のコーチングで大切なコミュニケーションのコツや、部下育成にコーチングを導入するときの注意点なども紹介しているので、あわせて参考にしてみてください。
部下育成に役立つコーチングとは?
コーチングとは、コーチングを受ける人に対して、目標の設定や達成などを支援する対話です。対象者の中にある考えをコミュニケーションによって顕在化し、自主的なアクションを促します。
企業が発展するには部下育成が不可欠ですが、一方的な指示だけでは部下を自立させることはできません。部下育成にコーチングを導入すれば、自分の考えで適切な判断を下せる人材が増え、最終的に会社の利益も増えていくでしょう。
コーチングについては下記の記事で全体像がわかるように解説しています。必要性や学び方、やり方など、コーチングの詳細が知りたい方はぜひ参考にしてみてください。
コーチングとティーチングの違い
ティーチングは経験者が初心者に知識や技術、ノウハウなどを伝授する教育方法です。
部下育成の場面では、先輩社員が書類の書き方や顧客との関わり方、ITツールの使い方など、職場で求められる業務の基礎を教えます。
ティーチングは対象者に一方的に行うイメージが強いです。たとえばティーチャーにあたる学校教師は、大多数に勉強を教えるのが一般的であり、授業では1人ひとりと対話する機会が少なくなります。
コミュニケーションが相互的か一方的であるかどうかが、コーチングとティーチングの大きな違いだといえるでしょう。
コーチングと指導の違い
部下育成における指導とは、業務遂行に必要な考え方、規範などを部下に指し示して、会社で活躍できるように導くことです。
後輩指導により部下が会社で活躍できるように導くことは、コーチングにおいても変わりません。ただ、指導には誤りを改善するように教えるというイメージもあります。
学校の生徒指導がよい例でしょう。素行不良をきっかけに集会などが開かれ、模範的な生活ルールを強要されがちです。その点、コーチングは対象者の考えが重視されるので、穏やかに行われるイメージがあります。
指導はコーチングよりも厳格に行われやすい部下育成方法だといえるでしょう。
コーチングとOJTの違い
OJTは、On the Job Training (オンザジョブトレーニング)の略であり、職場の先輩社員が後輩社員に業務を通じて知識や技術などを習得させる教育です。
その一方でコーチングは業務だけでなく、あらゆる分野を通じて行われるサポートとして知られています。必ずしも部下育成を目的に実施されるわけではありません。
たとえばスポーツ分野のコーチングでは、選手がスポーツで結果を出すための正しいやり方に自分で気づけるようサポートします。スポーツ以外には学校教育やゲーム、運転などでコーチングを活かすことも可能です。
OJTよりもコーチングのほうが、実施場面は広いといえるでしょう。
部下育成にコーチングを導入するメリット
コーチングのメリットがわからなければ、部下育成で実践しようという気にはならないでしょう。続いて、部下育成にコーチングを導入するメリットを解説します。
部下を自立させられる
部下育成の方法は職場によってさまざまです。単にマニュアルを解説するだけの職場もあるでしょう。しかし、実務ではマニュアルを理解しても対応できないケースが時折発生します。
部下が受け身の姿勢だと、先輩社員がその都度サポートしなければならず、非効率です。
その点、コーチングでは自分で考える機会を与えながら部下育成を進められます。後輩社員が自分の判断で業務を遂行しやすくなり、部下育成の負担を減らしていけるでしょう。
部下との関係性が壊れにくい
上司が部下育成をするとき、教えたことがうまくできない部下に激怒するケースも少なくありません。耐えかねた部下が、上司より上の立場に悩みを相談すれば、育成担当から外される恐れもあります。
コーチングでは、威圧的な態度で部下の行動を強要するのではなく、部下が自ら改善できるよう穏やかな対話で育成します。見守るスタンスなので、部下がストレスをため込む恐れもなく、上司との関係も崩れにくいです。
部下の離職も防ぎやすくなる
部下育成がうまくいっているように見えても、人知れず部下が仕事に悩んでいるケースはよくあることです。コーチングは部下の主体的な行動を促すだけでなく、悩みをヒアリングする機会でもあります。
上司が部下育成にコーチングを取り入れ、部下の苦しみ・不満などを把握すれば、会社として対策を講じられます。人間関係やメンタル不調、転職などによる離職を予防しやすくなるでしょう。
部下育成に必要なコーチングのスキル
コーチングでは傾聴・質問・承認・提案のスキルが求められます。部下育成に必要なコーチングのスキルについて解説します。
傾聴スキル
傾聴スキルとは、耳を傾けて熱心に聞くことができるスキルです。部下に話をさせることで頭の中を整理させられます。
部下が自分のことを話しづらくならないよう、話しを遮らず話し終えるのを待つのが鉄則です。自分のことを話しやすくなるよう、相づちを打つ必要もあります。
部下育成にあたって一方的に話しすぎているという方は、部下が考える能力を気づかぬうちに奪っているかもしれません。コーチングにおける傾聴スキルを意識して部下と関わってみるとよいでしょう。
質問スキル
質問スキルは、部下に気づきを促すためのスキルです。
部下育成の機会に「目標達成に向けて行うべきことは?」と質問すれば、目標達成に必要な行動を思い浮かべてもらえます。部下だけでは気づかなかったアクションが見えてくることもあるでしょう。
「なぜ」「どうして」などの言葉で質問すると部下に圧迫感を与える恐れがあります。部下育成では不必要な疑問詞を使わないように意識しましょう。
承認スキル
部下育成の担当者が部下を適切に評価しなければ、部下のモチベーションが下がってしまいます。そこで重要となるのがコーチングにおける承認スキルです。
承認スキルは、部下の考えや思い、価値観、行動などを認めて褒めるスキルです。
ただ褒めるだけでは部下の承認欲求を適切に満たせません。「育児が大変にも関わらず資格試験に合格できて素晴らしい」など具体的に褒めます。「本当にこの上司はよく見てくれている」と部下に感じてもらえるはずです。
部下のモチベーションが高まれば、部下育成の効果も大きくなっていくでしょう。
提案スキル
部下育成の効果を高めるためのスキルとして提案スキルも重要です。コーチングを受けても目標達成に向けた行動が起こせない部下もいるでしょう。
そこで「~をしてみませんか?」と提案することで、部下に新たな視点を提供し、行動を起こすきっかけを与えられます。部下の成長が感じられない場合、提案スキルを意識して部下育成に臨むとよいかもしれません。
部下育成のコーチングで大切なコミュニケーションのコツ
部下育成のコーチングで大切なコミュニケーションのコツを解説します。
部下と一緒に喜ぶ
部下育成のコーチングを行う際は、部下と一緒に喜べるかどうかが重要です。
嫌々教育をしているという姿勢は部下に伝わってしまいやすく、部下としては上司に話しづらくなります。
その一方で、成果に対して自分ごとのように喜ぶ上司には、積極的にコミュニケーションを交わそうという意欲が湧きやすくなるでしょう。
成果を機械的に把握しているだけの方は、コーチングの中で「感動した」「嬉しい」などの感情を言葉で伝えてみてください。部下が社交的な性格であれば、食事をご馳走して祝うのもよいでしょう。
部下を焦らせない
コーチングを取り入れたとしても、部下育成のやり方によっては部下を焦らせてしまい、ミスやトラブルを誘発する恐れがあります。
「3回までしか教えないからよく覚えてね」「何度も質問される上司の立場についてどう思う?」など、部下に緊張感を持たせる指導をする上司がいます。
人によっては部下育成の効果が高まるかもしれませんが、ストレス耐性が低い部下だと離職のリスクも高まります。
コーチングは部下の思いや考えを引き出すことが基本なので、緊張感を与える必要はありません。部下のペースを尊重し、部下が気軽にコミュニケーションを交わしやすい関係を構築しましょう。
部下に適切な態度で謝る
コーチングを取り入れて部下育成をするにあたって、上司といえども間違いやミスをしてしまうことがあります。
自分に非があるとわかったら、ごまかさずに短く謝りましょう。
上司が部下に適切な態度で謝る姿を見せることで、部下も間違いやミスを報告しやすくなります。
間違いやミスが隠蔽され、あとで重大なトラブルが生じる事態を回避できるでしょう。
部下に怒りをぶつけないようアンガーマネジメントを実践する
コーチングをベースとした部下育成では、自主性を尊重して部下の成長を見守る必要があります。
ただ、自主性を尊重した結果、部下が思うように行動しないことも想定されます。部下の成長が遅いとストレスを感じて怒る上司もいるかもしれません。しかし、感情任せに怒ると部下との関係が崩れてしまい、部下育成が困難になる恐れがあります。
怒りのピーク(最長で6秒間)を我慢して冷静さを取り戻す方法や、怒りの感情を記録して怒りをクールダウンする方法など、アンガーマネジメントのテクニックはさまざま存在しています。自分は怒りやすい性格だと自覚している方は、アンガーマネジメントを意識的にコーチングに取り入れてみましょう。
部下育成におけるコーチングの流れ
部下育成にコーチングを取り入れてみたいけれど、具体的に何をすればよいのかイメージできない方もいるでしょう。ここでは部下育成におけるコーチングの流れを解説します。
ステップ1:現状についてヒアリングする
一方的に指導する部下育成では、部下が納得したうえで業務に取り組めないことがあります。
まずはコーチングで部下育成を進める前の段階として、部下の現状についてヒアリングしましょう。
たとえば、部下が現在興味を持っていることがわかれば、意欲的に挑戦できる目標を提案しやすくなります。
仕事で楽しいと感じた場面や、やりがいを感じた場面などを質問して、部下の興味を探ってみましょう。
ステップ2:現状をふまえて目標を設定する
把握した現状をふまえて目標を設定します。
たとえば、部下がIT分野に人一倍興味があり、職場で活躍できるIT人材になりたいと思っていたとしましょう。
ただ、「職場で活躍できるIT人材」が具体的にどのような人材なのかハッキリさせないと、具体的な目標が浮かび上がりません。
そこで、「ITで何を解決したい?」「そのために必要な行動は?」といった質問をすれば、「電話対応業務を削減するためにAIチャットボットの導入をする」などの行動目標が浮かび上がります。
明確な目標を設定できれば、部下が迷わずアクションを起こしやすくなるでしょう。
ステップ3:目標達成を阻む課題を明確にする
コーチングで目標を設定すれば部下育成がスムーズに進むわけではありません。
目標達成に向けて動き始めた結果、課題が生じるケースもあります。
たとえば、AIチャットボットを導入しようとすれば、決済者からコストの観点で反対されるかもしれません。費用対効果を明確にする資料作成など、課題解決に向けた準備が必要なことを伝える必要があります。
部下だけでは気づけない課題があってもおかしくはありません。部下育成が難航しないよう、あらかじめ目標達成を阻む課題を明確にしてあげましょう。
ステップ4:目標達成に向けて行動計画を立案する
目標を達成するための行動計画を立案します。
具体的な手順を計画に落とし込むことで、目標達成に向けてやるべきことが明らかになり、スムーズに行動を起こしやすくなるからです。
ただ、上司が行動計画を立ててしまえば、部下の主体性が失われてしまい、部下育成の観点からは好ましくありません。
「目標達成に向けてまず取り組むべきことは何ですか?」「いつまでに目標を達成したいですか?」などの質問を通して、部下が行動計画を自然に立案できるようにサポートしましょう。
ステップ5:行動の進捗を確認してフォローする
コーチングは対話をベースに実施しますが、聞き手に回るだけでは部下育成の効果を高めることはできません。
部下が起こしたアクションが正しいとは限らないからです。誤った行動を続けてしまえば、いつまで経っても目標を達成できません。会社の利益も増やせませんし、同僚が迷惑を被る恐れもあります。
したがって上司は、目標達成に向けて部下が起こした行動の進捗を確認しなければなりません。部下が間違った方向に進んでいるようであれば、フォローして軌道修正を促しましょう。
部下育成にコーチングを導入するときの注意点
コーチングのやり方を誤ってしまうと、部下育成の成果が低くなる恐れがあります。部下育成にコーチングを導入するときの注意点を解説します。
ティーチング・指導・OJTも組み合わせる
コーチングは部下の考えを尊重しつつ自立させていく手段ですが、コーチングだけでは部下育成が難しいのも事実です。
たとえば、仕事のやり方を教えるというプロセスが抜けてしまうと、部下が業務を始められません。したがって、ティーチングやOJTも欠かせません。
部下の勤務態度が明らかに悪ければ、コーチングだけでは対処できない恐れがあります。職場の風紀を乱さないよう、厳しく指導しなければならない場面もあるでしょう。
したがって、部下育成にコーチングを導入するときは、ティーチングや指導、OJTをやめるのではなく、それぞれの教育方法を組み合わせて実践するように意識することが大切です。
目標を簡単にしすぎない
コーチングで設定した目標が簡単すぎると、深く考えずに目標を達成できてしまい、部下育成につながらない恐れがあります。
成長意欲が高い部下であれば、転職を検討し始めるリスクも高まるでしょう。
部下に負荷がかかり過ぎない程度に、試行錯誤させる機会を与えるのが望ましいです。
そのためにも、日頃から部下の力量を上司が正確に把握し、部下育成につながる業務を考えるようにしましょう。
ネガティブなことでもフィードバックする
コーチングでは部下の考えを尊重して育成をしますが、誤った考えまで承認すると部下が仕事で失敗します。
部下育成において、部下との関係性を壊さないための配慮は極めて重要です。しかし、ネガティブなフィードバックを避けてばかりいれば、部下の成長が遅れてしまうでしょう。
感情的に誤りを指摘したり、人格を否定したりしない限り、部下の自己肯定感を下げたり、反発を招いたりするリスクは低いです。勇気は必要ですが、直してもらいたい部分と理由を冷静に伝えましょう。
部下育成のコーチングに活かせる具体例
コーチングを用いた部下育成方針が定まらないという方は、長い歴史の中で人材育成を続けてきた大企業の考え方を参考にしてみましょう。
たとえば、パナソニックの経営基本方針には「人をつくり人を活かす」という方針があります。
どのように人をつくり、活かしていくのかというと、思い切って部下に仕事を任せ、上司が最後の責任を負うという自覚を持ち、部下が自主性を持って自ら考え改善し続けるように働きかけるとのことです。
本人のことを考えて時には厳しく叱り、部下に信頼してもらえるよう、誠意と愛情を持って接することが重要だとしています。
ただし、このような「任せて任せず」の姿勢で上司が責任を果たすには、部下に先んじて発生するリスクを深く考えることも大切とのことです。
あらためて、パナソニックの部下育成方針はコーチングに通ずるものがあります。部下育成に向けてコーチングを導入するときに参考にしてみてください。
参照:パナソニックグループの経営基本方針 10. 人をつくり人を活かす(パナソニック)
まとめ
コーチングは目標の設定や達成などを支援するための対話であり、職場の人材を自立させるのに役立つ部下育成の手法です。
ティーチングなどと違って知識や技術、ノウハウなどを教える方法ではありません。対話を通して部下の考え方や価値観などを把握しながら目標達成に向けた行動を促します。
一方的に押し付けるような指導ではないので、部下との関係性が壊れにくいほか、部下に離職されるリスクも低いです。部下育成におけるトラブルが少なくなるでしょう。
コーチングを導入する場合、通常の指導とは違って部下のペースにあわせる必要があり、成長が遅いとストレスを感じる方もいるかもしれません。
感情任せに怒ると部下との関係性が崩れてしまう恐れがあります。怒りやすい性格の方は、アンカーマネジメントのテクニックも意識して取り入れてみましょう。